「影響力」を理由に否定することは、その人の人格を否定しているのと一緒だと思う日本の夏
2015年09月01日 公開

もうそろそろ夏も終わるんですけどね。
毎年毎年、よく見かけるキーワードの中に、「影響力があるんだからこんなことするな」っていうワードがあるんですけど、見たことないですかね。
もう少しやさしい口調で、「影響力のあるあなたならこういうことを広める意味がわかっているはずです・・・」みたいなね。
影響力のある顔面広告の人なんだから、女性モデルと無意味に絡むのやめてくださいとかね。
わたしね、この言葉大っ嫌いなのよ。
わかりますかね。
言っている本人は自分よりも多くの人に影響をあたえるほどの人や、人気というよりも炎上している炎上芸人や、ニュースなんかを淡々と紹介しているブロガーとかに向かって言っているわけですが、これほどいやらしい言葉はないと思うわけですよ。
影響力ってなに?
Google先生で調べてみると「他に働きかけ、考えや動きを変えさせるような力」ということなんです。
で、実際にこの影響力って、本人が願うだけでついてくる代物なのかなって言うことですが、違いますよね。
大体の影響力は
本人が絶えず何らかの行動をおこし、多くの人に何らかの働かきかけを行っているからこそ、徐々についてくる代物だと言えます。
特に芸能人やなんかもそうですが、テレビにずっと出続けている人気芸人さんレベルになると、その影響力は計り知れません。
でも実際多くの人たちは、影響力が欲しくてなにか行動をしているなんて人いません。生活のためであったり、自分がやりたい事を続けていた結果だったり、その人自身の考え方を発信し、それに感銘をうけた人が集まってきたりするわけですよね。
てことは影響力なんてシロモノは、あとからついてくるものであって、その人の根本的な人格や芸、仕事っぷり、人間性がまず先に先陣を切っているわけですよね。
つまりどういうことかというと、その人がひたすら続けて、その人らしい行動を取り続けた結果、たまたまその行動が評価されて、あとから影響力らしきものが発生すると言ってもいいわけです。
こうした行動の一貫を、影響力がついてきたら急に抑止させようという人が現れます。
その人がこれまでずっと続けてきている事っていうのは、もはや人格と言っていいほどの事だと思うのです。
この副産物である影響力の部分を棚に上げて、影響力があるんだからそういうことするなっていうのは、これまでその人自身が積み上げてきたことを、あなたの勝手な基準でやめろと言っているのとなんにも変わらないわけです。

彼女「影響力のがある人なのにえくぼが可愛んですね///」
みたいにポジティブな言葉に添えられることは全くありません。ここのところ、必ずと言っていいほど言論や行動弾圧の時に使われます。
実に腹立たしい所存であります。
にんげんだもの、間違うこともあるさ
人間ですから、影響力のある、「その人らしからぬ事」をしてしまうこともあります。
例えばある芸能人が、道端で生放送を開始して、警察に注意されたあげくダダをこねて、さらに警察の方の顔や名前を生放送で流した人もいます。
おいおい影響力のある人がそんなことしてるんじゃないよ・・・と思う心もあるでしょうか、これって影響力関係無いですよね。
人として人をDisりたいのであれば、その人が今何をして、何が悪くて、そこはあかんやろっていう話であって、要するに間違っているから文句を言いうということなら全然問題ないと思うわけです。
にも関わらず、別の悪いところを参照して持ってきたり、それこそ関係ないその人自身の人格とも言える影響力を持ってきて、弾圧を図ろうとするのはいかがなものかと。
結局この言葉を持ってくるときは、大体「こういうことはやめろ」と単に言いたいだけだと思うのですが、それこそストレートに言ったほうがいいと思いませんかね。
来年の夏にはこの「影響力があるんだから○○はするな」みたいな言葉が消えてなくなることを祈って、扇風機にあたりながら記事を書いています。
そろそろ秋がやってきますね。夏のうちに北海道のうに丼、食べに来るといいですよ。

夏はウニの季節!北海道・積丹半島に絶品うに丼を食べに行こう!
もしくはトリトンで決まり。
それでは、また。