嫌なタイトルがついた記事は、なぜか『見てしまう』以外の選択肢が無い
2007年07月10日 公開
正確に言えば『見てしまう以外の選択肢が無い私』。
私以外がそうだとはとても言えません。
これを少し深く考えてみようと思ったきっかけは以下の記事。
嫌なニュースはそもそも見ないという選択肢
ふと、逆に考えてみた。
見ないという選択肢、見るという選択肢。
さらに見てしまうのをやめられないニュース。
よくよく考えてみると、なぜにメディアでは嫌なニュースばかり流れるのだろうと考えると、答えは簡単で、なぜか見てしまうからだろうと思う。
すると次の考えが生まれました。
『いやなタイトルのブログ記事もなぜかクリックしてしまう』
詳細は以下に。
以前からよく見ていたブログ、住太陽氏のブログにて次のようなエントリーがあった。
ブロガーなんてものは道化師か芸人に過ぎない | 住 太陽のブログ
はてブ数もつき、人気エントリーに入ってきたのでついつい見てしまった。
そう。私はブロガーです。
そんな私に『ブロガーなんてものは』と言われた気持ちになって記事を見てしまったんですね。
なんと心の狭い私。
さて、こうした挑発系、又は罵倒系、非難系、様々あれど、なぜか私は見てしまう。
皆さんはどうなんでしょう。
・ウェブデザイナーなんて生き物は所詮ウェブでしかデザインできない。
・算数すら出来ないで、いったい何のプログラムができるのか。
・そんなもんでしょ。所詮個人プログラマなんて。
例えばこんなタイトルがあったら、私は見てしまうだろう。
そしてなぜかブックマークしてしまうこと間違いない。
つまりこういう記事のスタイルというのも一つの方法なのかと思える。
要するにピンポイントでそういったグループに対しての『嫌な記事』に対する無意識の反応につながっているのではないか。
私にとってプログラマーへの攻撃や、偏見、そしてウェブ屋に対するもの、又はブロガーに対するものがそれだ。
私の場合、記事をあれこれ書こうと考えたとき、どれを書こうかとよく迷います。
そんな時はまず、記事のタイトルを書き綴ります。
そして、もっとも私がクリックしたいタイトルを選びます。
とくに時事記事(今書こうと思ったことを今書かなければ価値のない記事)は、1週間に内容も書き記した10記事くらいは、書いてもデビューせず消すことすらあります。
そんな消えていく記事タイトル達は、私のメモ帳に残っている。
もしかしたら跡で公開時期が来るかもしれないし。
その記事タイトル達を見ると、わずかながら、こういった嫌な記事タイトルがあった。
すべてデビューしていない。
これは恐らく、私自身、公開が怖いのではないかと思う。
でも、人間の特性(私)を考えると、こういうタイトルが目を引くのは避けられない。
私にとって、見てしまう以外の選択肢がないのだ。
こういう記事タイトル。
意外と効果があるのかもしれませんね。
是非とも自己責任で試してみてください。
出来上がったらトラックバックでも送ってくださいね(笑)
【関連エントリー】
■あなたのブログタイトルがどこでどう頑張っているのか次の5つを知っておいて損はない
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私以外がそうだとはとても言えません。
これを少し深く考えてみようと思ったきっかけは以下の記事。
嫌なニュースはそもそも見ないという選択肢
うん。最近そんな感じだと思いながら、面白い事を書く人もいるもんだと記事を読んでいく私。ニュース番組の嫌なところは、あまりに悪いニュースが多すぎるという点です。災害の報道や、重大な事件を教えてくれるのはいいのですが、多くの日はなんだか「こんばんは、ニュースです。それでは今日起こった悪いことを悪い順に紹介します」という構成で困ります。
ふと、逆に考えてみた。
見ないという選択肢、見るという選択肢。
さらに見てしまうのをやめられないニュース。
よくよく考えてみると、なぜにメディアでは嫌なニュースばかり流れるのだろうと考えると、答えは簡単で、なぜか見てしまうからだろうと思う。
すると次の考えが生まれました。
『いやなタイトルのブログ記事もなぜかクリックしてしまう』
詳細は以下に。
挑発されると見ずにはいられない心理
以前からよく見ていたブログ、住太陽氏のブログにて次のようなエントリーがあった。
ブロガーなんてものは道化師か芸人に過ぎない | 住 太陽のブログ
はてブ数もつき、人気エントリーに入ってきたのでついつい見てしまった。
そう。私はブロガーです。
そんな私に『ブロガーなんてものは』と言われた気持ちになって記事を見てしまったんですね。
なんと心の狭い私。
さて、こうした挑発系、又は罵倒系、非難系、様々あれど、なぜか私は見てしまう。
皆さんはどうなんでしょう。
・ウェブデザイナーなんて生き物は所詮ウェブでしかデザインできない。
・算数すら出来ないで、いったい何のプログラムができるのか。
・そんなもんでしょ。所詮個人プログラマなんて。
例えばこんなタイトルがあったら、私は見てしまうだろう。
そしてなぜかブックマークしてしまうこと間違いない。
つまりこういう記事のスタイルというのも一つの方法なのかと思える。
要するにピンポイントでそういったグループに対しての『嫌な記事』に対する無意識の反応につながっているのではないか。
私にとってプログラマーへの攻撃や、偏見、そしてウェブ屋に対するもの、又はブロガーに対するものがそれだ。
タイトル戦略の一つに『嫌なタイトル』
私の場合、記事をあれこれ書こうと考えたとき、どれを書こうかとよく迷います。
そんな時はまず、記事のタイトルを書き綴ります。
そして、もっとも私がクリックしたいタイトルを選びます。
とくに時事記事(今書こうと思ったことを今書かなければ価値のない記事)は、1週間に内容も書き記した10記事くらいは、書いてもデビューせず消すことすらあります。
そんな消えていく記事タイトル達は、私のメモ帳に残っている。
もしかしたら跡で公開時期が来るかもしれないし。
その記事タイトル達を見ると、わずかながら、こういった嫌な記事タイトルがあった。
すべてデビューしていない。
これは恐らく、私自身、公開が怖いのではないかと思う。
でも、人間の特性(私)を考えると、こういうタイトルが目を引くのは避けられない。
私にとって、見てしまう以外の選択肢がないのだ。
こういう記事タイトル。
意外と効果があるのかもしれませんね。
是非とも自己責任で試してみてください。
出来上がったらトラックバックでも送ってくださいね(笑)
【関連エントリー】
■あなたのブログタイトルがどこでどう頑張っているのか次の5つを知っておいて損はない
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