「クリエイティブな記事」を作るための3つの条件

「クリエイティブな記事」とは一体なんだろうかと言う事について考えてみましょう。
そもそもクリエイターと呼ばれる人たちが、育み生み出す作品と言うものにはどんな共通点があるかを考えた事はありますか?
私はデザインと同様にテキストも創造されるものだと考えています。
多くのブロガーが多くの記事を作っていると思うのですが、私も毎日大量の記事を見ているなかで、これはクリエイティブだなと感じる記事にたまに出会います。
今回はこうした記事を作るために、何が必要なのかを考えてみたいと思います。
クリエイティブを理解する
ブログ記事のクリエイティブ性を問われる場合、真っ先につけられるコメントがあります。
それが
- 目のつけどころが違う
- 切り口が斬新
- そこを突っ込むか
という言葉です。
特に「切り口が素晴らしい」という言葉は日本のブロガーによく使われる褒め言葉だったりします。
切り口が素晴らしいという記事はそれこそがクリエイティブな記事だと考えられます。またある種の感動すら覚えます。
クリエイティブな記事とは次の3つをクリアしているかどうか
1)他にはない記事内容である
2)その人の手によって表現されたものである
3)人の役に立つ為に書かれたものである
では、ひとつずつ噛み砕いてみて見ましょう。
1)他にはない記事内容である
これはその名の通りです。他にだれも書いてないような記事である事がひとつの条件です。
誰もが書いている記事を、クリエイティブと認める人はいません。
ただし、同じような事柄であっても、そこに新しい発見があったり、他の記事よりも圧倒的に分かりやすかったり、そのブロガー自信のコメントがべっとりとついてるものはオリジナルとして扱われる事もあります。
重要なのは物事の見方を変えてみる事です。
物事を多くの人が一方向からしか見てないという事は多々あります。
例えばとある料理店がTwitterをはじめていて、そこが暴言を吐きまくっていると言う事で、ニュースブログ等がこれを取り上げ、そのお店に対する見方は、ひとつの方向からしか見られていないという状態が起こりました。だれしもがそのお店を「最低」とののしる事で共感が得られます。
この時、このお店にじかに足を運び、店長がTwitterすら知らないというお話が聞けたという事で、実はそのTwitterはお店の公式の物ではなかったというお話がありました。
これによって全く違う見方の記事が生まれます。
物事には、裏と表があり、それは常に意識する事でしか物事を認識できません。
その為にまず、多くのユーザーが今何を考えているのかと言う事を知らなければなりません。多くのブログを読む事で、そのコメントなどを見ると、ユーザーがひとつの物事に対してどのように考えているかを把握する事が出来ます。
違うものを見るためには、まず、みんなと同じ物を見れなければダメなのです。
違うものを探そうとするよりも、まずは同じ気持ち、同じ視点になり、その上で別の可能性を考えるほうが、はるかに見方を変えやすいと言えます。
全く同じ考えで、他の人が書いてないものを書くためには、他の人が書いている内容を把握しなければ書けないのです。
「あの人はセンスが良いからあんな記事が書ける」
というのはいいわけであって、その「あの人」は、人よりおそらく多くのブログを見ているに違いないと考えたほうが良いと言う事です。
個性的、もしくは個性とはあなたが考え、あなたのしたい事をそのまま表現する事とはちょっと違います。
100人が全く同じ事をして、同じ目的の物を作ったときに、少しだけ違うものが完成するわけですが、その少しだけ違うものこそが個性だと言えます。
100人に絵を描いてくださいという目的を与えたとして、一人だけ、誰もが書くような普通の絵を書きました。残りの99人がピカソのような独特の絵を書きました。
するとこの場では、誰もがその一人の「普通の絵」を、独創的で個性的な絵として賞賛するでしょう。
要するに、個性的な表現を意図的にしたければ、他の人の事をまず知らなければならないという事なのです。
2)その人の手によって表現したものである
他には無い記事だからといって、それがクリエイティブな記事に直結するかと言うと、世の中そうそう甘くは無いです。
クリエイティブだなと感じる条件には、必ず人の手によって、創造されたものであると言う事が必須条件と言えます。
例えば、誰も見た事が無いような、超自然現象をビデオに偶然収める事が出来て、それを全世界に公開しても、これはクリエイティブとはなりません。
しかし、以下のように人の手によってつくられた企画、動画はクリエイティブなものになりえます。
沢山の人がいるカフェでのプロポーズ。すべての人達の時間を止めて・・・
記事も同様で、その人の考え、発想によって創られたり、まとめられてたりする事がクリエイティブな記事の条件なのです。
特にブログにおいては、人の頭の中でもやもやした事や、あいまいな事を、具体的な文字、文章にする事がクリエイティブな表現になってきます。
頭のなでひらめいたそのひらめきを文章にしてもよし、なんだかこうした方がいんじゃないのかなって思う事を、しっかりとテキストで表現するもよし。
よく分からないあいまいなメソッドに勝手に名前を付けて、分かりやすくしてもよし。
ドラゴンボールのお話をweb制作に結びつける過程を楽しむもよし。
文章をクリエイトする楽しみはブログの本当の醍醐味です。
色々な事を表現してみてください。
3)人の役に立つ為に書かれたものである
上の二つの条件をクリアし、かつ、誰かの為に書かれた記事には、感動すら覚えます。
ユニークで斬新な切り口と言うのは、常に読み手の事が考えられた記事に与えられる称号ではないかと思います。
どんなに独創的な切り口で他の人が書いていないような記事であっても、誹謗中傷はクリエイティブな記事とは言えません。
多くの人にとってその記事を認めてもらいたいという思いは大切な事です。ですが、多くの読者の役に立てる記事と言うのを考えると、筆が止まってしまいます。別に多くの読者のためではなく、誰か一人が困っていたのでその人の為に記事を作る言う事でもいいのです。
また、誰かの役に立つ記事を作る為には、その人が読みやすいか、読みにくいかまで考慮する事が大切です。
読みやすさとはどういうものなのかを学ぶ必要があります。
また、読む人の事を想像する必要があります。
例えどれだけ多くの人の役に立つ情報を記事にする事が出来たとしても、読み手がその意味を理解できなければ役に立ったとは言えません。突然難しいノウハウを提供しても理解されないかもしれません。簡単なものから説明する必要がはないでしょうか?
今一度読者になって考えてみるといいかもしれませんね。
以上、クリエイティブな記事の条件3つでした
一応補足して起きますが、別にクリエイティブな記事を書き続ける事が正しい事だと言うものでもありません。
ただ、読者を引き込み、あなたを知ってもらうひとつの手段として覚えておくとどこかで役に立つかもしれません。
クリエイティブはひらめきや、センスと考えられていますがそれは違います。
マーケティングに裏づけされた、まだ無い記事を作る事や、読み手を考慮してわかり易くするスキル。そして読者に共感してもらえる文章力。
こうしたものが必要不可欠です。
ブログはアウトプットツールと言われていますが、それは嘘です。
記事をクリエイトする楽しみを覚えたら楽しくなってきますし、そうなってくると、アウトプットする量をはるかにしのぐインプットが必要になります。
書けば書くほど、ブログはインプットツールであるとわかって来るはずです。
興味のある人は是非色んな物を表現してみてください。インプットが増えれば増えるほどあなたの成長を助けるツールになっていくはずです。
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それでは、また。