今回の東北地方太平洋沖地震で感じる様々な事
ある意味この記事は、自分への決意表明みたいなものかもしれません。
ただ、このままでいると、何も書かなくなってしまいそうで、今の自分の気持ちを書き残します。
それぞれの正義
一番身近に感じたのはTiwtterだった。
Twiiterで知り合った人は多い。今年は東京にも行き、いろんな人と出会い、学ばせてもらった。
東京には節電を頑張っている友人達がいる。
節電しすぎであまりの寒さに風邪を引いている子もいた。
私は今日まで、なにも手をつけられなかった。理由はわからないけど、テレビや新聞等を見ていると、どうも気が下向きになってしまい、何をして良いのかわからなくなった。
仙台の友人の安否確認がとれるまで、心身ともに疲労してしまった。何もしていないにもかかわらず。
そんなときにTwiiterを見ると、多くの「不謹慎」という言葉を見かけた。
例えば原発をネタにしてたりとか、津波をネタにして笑わせようといったツイートに対して、不謹慎だ!と。
確かに不謹慎ではある。でも、その中には、家族が被災地にいて、今にも不安で潰れてしまいそうな人だっているのかもしれない。そしてそれは、被災地で安否がとれた友人に元気になってもらおうと1to1の会話として発言した人もいるかもしれない。
逆に「不謹慎だ」と言っている人をののしる人も見かけた。そう言うのを規制することで、多くの人へのストレスとなるという記事もあった。
確かに一理ある。
しかし、その人もまた、被災地に安否が取れない家族がいて、イライラしていたり、不安や、憤りのない怒りをぶつけたのかもしれない。そんなのは誰にもわからない。
140字というわずかな文字の中には、そういう部分は現れない。
ただただ、その気持ちの先っぽだけがツイッターに現れるのだ。
これだけの規模の災害です。
全く災害のなかった北海道で、隣で笑顔で仕事をしている人の家族が被災地にいて、内心では不安でしょうがないという人だっているのです。現に仙台の友達の実家は北海道です。
だからこそ、人を明るくさせようとして不謹慎と言われて嫌な思いをさせられた人も、そういうツイートを目の辺りにして怒りをあらわにしてしまった人も、どちらもそれぞれの正義があって、どちらかが一方的に悪いという風には感じられなかったのです。
なぜかわからないけど、そういうツイートや、色んなブログでのコメントを見て、ただただ悲しくなりました。
北海道での節電
北海道民として節電を始めたとツイートした人がいました。
そんなとき、いち早く「北海道は電力関係ないから」とか「北海道で節電しても意味ないです。もう少し調べてください。」とかっていうリプライがついていた。
私も、まぁ確かに・・・と思ってしまった。
でもそんなリプライに凛とした態度で
「節電して浮いたお金を寄付したいのですが、意味がないとはどういうことでしょうか」
だれもそれに答えれる人などいなかった。
そうか、北海道でも節電は被災地に届くんだと思い知らされた。
コンビニも2~3日前から深夜の看板の電気が消えていました。
これらをみて私が感じた事は、
質素に暮らしても胸をはれる日本人になろうと思った。
北海道では食料難と言うものは無いが、ほんのわずかな節約が支援になるのだと感じた。
また、同時に自分がするべき事はきちんとしなければならないようにも感じました。
ブログや、その他ブログの書き方のメール相談、Web制作、私はインターネットを通じて仕事をしている。前回の記事には、公開はして無いが、こんな時期にブログを書くなんて非常識ですと言われた。
広告をはずしてから記事を書けとも言われた。
勿論電気だって使う。ご飯も食べる。
この電気は無駄なのかなとか、ご飯を食べるときに、私はこれを今食べていいのだろうかと苛まれた。
それはなんか違う。それじゃぁ支援も出来ないじゃないかと。
不謹慎という気持ちもわかる。でも今はその全てを受け入れているわけにはいかない。これを書いたら嫌われるんじゃ無いか、こういうツイートをしたら批判されるんじゃ無いかとか、そういう思いが確かにあった。
私には私の支援の仕方がある。私がここで決意したのはそう言うものに対してはっきりとNOを示す覚悟を決めたと言う事。それぞれが掲げる正義は尊重する。私はそれを批判するつもりはない。しかし、受け入れる事はやめた。だからもう下を向くのはやめにする。今回の記事はそういう今までの私への決別の意をこめています。
もちろん何でもありというわけではなくて、被災地に迷惑がかからないように、出来る事をやります。
日本が少しだけ好きになった
節電ポスターを印刷して、それを多くの人に見せた人がいた。
しかしそれに対してプリンターは電気だから無駄!と言う人もいた。
どちらの正義も正しいのだろう。
そしてどちらかからみればどちらかが悪なのだろう。
テレビをつければ、マスコミがあらゆる責任を探し、その責任を追及しようとしている。
でも、やっぱり間違っている。誰かのせいで地震が起こったわけでは無い。
今回の地震は日本のみならず世界から多くの支援がある。そして多くの応援もある。遠く離れた人が「この地震は確かに日本で起きたが、被災地は地球だ。だから支援する」というツイートがあった。
同じだ。日本中の人が日本が被災地だとみんなが感じているから多くの人が支援している。
多くの国が、被災に合った時に暴動や略奪、窃盗が起こる中、日本は規則正しく並び、すばらしいという海外の報道を聞くと胸が少し熱くなった。私は海外に旅行なんて3回しか無いし、向こうで生活したわけでは無いので、日本の事しかしらない。
でも日本にいると、日本は腐っているというニュースや言葉しか見かけなかった。
海外に行きたいなと思った事はある。
しかし、今回の震災でこうした海外の報道をみて、ようやく日本という国を多少なりともわかりかけてきた。捨てたもんじゃないなと思った。あまり好きではなかった日本が好きになって来たんだ。
だからこそ思う。
質素に暮らしても胸をはれる日本人になろうと。
今日、改めて目標を書きなおし、壁に貼ってみると、意外とやる気が出てきた。ちょっと自分を見失った方、5年後までの目標を考えてみるといいかもしれないですね。
最後に、何度見ても胸が熱くなるこの動画をはっておきます。
「再建しましょう」
それでは、また。